2010年09月01日

1008twitterメモ

経過は己が為に、結果は他が為に-上野隆博-

何がハッピーエンドかは、自分で決めるわ -東京島-

もっとも間違った生き方は、いつも正しく生きようとすることだ。〜人は短所で愛される〜

カウンセリングというのは悩みをなくすというようなものではなくて「悩みを正面から悩む」ものだと言えるでしょう。われわれは皆悩みをなかなか正面から悩んでいません。P126人間なんて誰にだってたくさん欠点がある。けれども欠点がいくらあったって人間の尊厳ということには関係がないんです。

一番根本は、原因を探って早急に解決するというんじゃなしに、もっとよく全体を見つめてその中から本人が立ち上がっていく力と言いますか、そういうものをその子が身につけていくことが非常に大切になってくると思います。P125正面から悩む

よほど注意しないと、よいと思うことは何をしてもいいと思いがちなんですね。これは非常に危険な事です。僕がよいと思っても結果として悪くなることが世の中には一杯ある。P35善意ほど怖いものはない

カウンセラーとしていちばん大事なこと、それは忠告するのでもなければ、叱るのでもなければ、説教でもない。「聴く」ということです。向こうの言うことをとにかく聴いてみるということ。聴いてから忠告するのではありません。忠告も何もせず、ともかくひたすら聴く。河合隼雄のカウンセリング入門P9

たとえ人間の運命が決まっていたとしても、その運命の生き方によってまったくその人生は異なる。(中略)そのような「楽譜」を与えられるにしろ、演奏の自由は各人に任されており、演奏次第でその価値はまったく異なったものになるP126同じ「運命」でも演奏次第で値段が違う

人生の中には一見対立しているように見えて実はお互いに共存し裏付けとなるようなものが案外多いのではないかと思われる。そのような目で自分の生き方を見てみると、必死になって排除しようとしていたものに価値があることがわかるのではなかろうか。その発見によって、生き方に厚みがでてくるP97

自立と言ってもそれは依存のないことを意味しない。そもそも人間は誰かに依存せずに生きてゆくことなどできない。自立ということは依存を排除することではなく必要な依存を受け入れ自分がどれほど依存しているかを自覚し感謝していることではかろうか?依存を排して自立を急ぐ人は孤立になってしまう。

自立ということを依存と反対であると単純に考え依存をなくしてるくことによって自立を達成しようとするのは間違ったやり方である。自立は十分な依存の裏打ちがあってこそそこから生まれてくるものである。親が自立的であり子供に依存を許すと子供はそれを十分に味わった後は勝手に自立してくれるのであ

翻って考えてみると、努力すればうまくゆくなどということが本当に正しいのかなぜそうなのかわからなくなってくる。私は来談される沢山の人たちのお話を聴いていて、人間が自分の努力によって何でも解決できると考えるのがおかしいのではないか、と考え始めた。P90ものごとは努力によって解決しない

理想なしで人生を生きるのは味気がなさすぎる。理想の光で照らすことによって自分の生き方がよく見えてくる。しかし、理想は人生航路を照らす灯台であるが、それに至るべき到達点ではない。P44灯台に近づきすぎると難破する

黙っているのは辛いことだ。だからといって発言すれば楽になるなどというものではない。自分の意見を言うだけでなく相手の意見も聞き話し合いを続けるのは黙っているのと同じくらい苦しさに耐える力を必要とするだろう。どちらを取るにしろ人生というものはそれほど楽なものではないのである。P32

ふたつよいことがせたないもの、と分かってくると何か良いことがあるとそれとバランスするわるいことの存在が前もって見えてくることが多い。前もって見えてくると、少なくともそれを受ける覚悟ができる。人間は同じ苦痛でも覚悟したりわけがわかっていたりすると相当にしのぎやすいものである。P16

100%正しい忠告はまず役に立たないが、ある時ある人に役立った忠告が100%正しいとは言い難いことも、もちろんである。考えてみると当たり前の事だが、ひとつの忠告が役立つと人間は嬉しくなってそれを普遍的真理のように思いがちである。P220

誰かに言われて傷つくことは、自分もそう思っているネガティブなセルフイメージだから

うまくいくかどうかより、やりたいかやりたくないかを判断基準とする

何も後悔のない人生なんて味気ないと思うな。

毎日の中で一番無駄に過ごされた日は、笑わなかった日である。シャンホール

心理学は行動の学問です。どうして人間はそのような行動を一般的にとるのかということが心理学のメインテーマなのです。臨床心理学になるとどうして特定の個人あるいはグループがそのような行動をとるのかに関心があります。プロカウンセラーの関心は内容より来談者の行動にあるのです。P158

人間関係を基本とした教育にかかわる人には、事実確認のために相手から聞き出す行為は必要ではありません。極論すれば、事実かどうか確認する必要がないのです。なぜなら、教師が子どもの非行や問題行動を正すためには人間教育が必要なのです。P194聞き出そうとしない

精神分析の創始者であるフロイトは、抑圧していたものは古代遺跡と同じで発掘されたときから風化する、と述べています。秘密は話したときから風化します。抑圧されている秘密も風化させることが大切なのですが、急に風化させると破壊されます。P204

相手の話をよく聞こう、理解しようとする人は、正しいことのみに目を向けるのではなく、人間の弱い部分、影の部分に対しても理解があるのです。いわゆる評論家や正しいことばかり言う識者とは違い、相手の悪い部分や弱い部分、影の部分も認められるということなのです。P139評論家にならない

自然科学はなぜ(WHY)を追求する学問です。これに対して臨床心理学はどのようにとかどうするか(HOW)を追求する学問です。心や魂はあまりにも奥が深いため、なぜを追求しても、どこまでいいても疑問が消えることがありません。P95

納得する答えとは何でしょう?それは一人ずつ異なります。人生の疑問に対する答えは主観的なもので納得した答えがその人なりの正答です。一般的な答えは第三者の人々を納得させはしますが、それは自分にとっては何の答えにもなっていないのがほとんどです。P77

プロの聞き手であるカウンセラーは自分のことを話しません。これは相手から聞かれても話さないという固い防衛的態度からではありません。自分の話をしては、相手の話す時間を取ることになります。相手の話す時間を取らないというのは、聞き手の大原則です。P54

ていねいに相手の話を聞くのは、わからないからです。「わかる」と思っている聞き手が相手からは反発され、「わからない」と思って一生懸命に聞く人が相手から自分を理解してもらえたと思われるという逆説p32

プロの聞き手であるカウンセラーには、自他の区別が要求されます。相手の話を聞くときには自分の意見は出さず相手の気持ちを肯定しながら聞いているのです。そして、それができているかどうかを確かめるのが相づちなのです。ープロカウンセラーの聞く技術P24ー

進歩していいことがあると、それに見合うだけのストレスが生ずるということになる。悩みがあるのは恥でも悪でもない。それにどう対処してゆくかが大切なのであり、そのために臨床心理師士は何らかの意義ある仕事をすることができるであろう。ー河合隼雄ー

「コンプレックス」という言葉は英語をそのまま使っていますが、もともと(複雑である)という意味です。我々の気持ちとか考えとかいうものが複雑にからみあっていてそれがうまく整理できないでいる。そういう感情のからみ合ったかたまりをコンプレックスというのです。P154

個性というのは他人とどう違うかということではなく、自分のものですから、自分がその上にどっしりと立っておられるかどうかです。P51
みんなと同じことをしていても、安らぎがあったり楽しさがあれば、その人の個性はそこに生きているものなのです。

一人の人間が変わるということは、社会が変わるのと同じくらいすごいことです。みなさんも真剣にやられたらわかりますが、人間一人が変わるということは本当に大変なことです。P14

何でもいいことと言うのはしんどいのは当たり前で、しんどくなくていいことというのは滅多にありません。P13

カウンセリングというのは、非常に大事なことは「個人を大切にする」ということが中心にあるということです。これはすごいことですね。ー河合隼雄のカウンセリング講座P10ー

アイデンティティーとは死ぬまで続くひとつの過程であるーエリクソンー
posted by AXY at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去ログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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